保存量が3つある
体に固定した角速度 \(\omega\) を使うと、運動エネルギーは \(T = \tfrac12 I_1(\omega_1^2 + \omega_2^2) + \tfrac12 I_3\omega_3^2\) である。これをEuler角で書き直すと、Lagrangianは次の形になる。
\(\phi\) と \(\psi\) はどちらも \(L\) に現れないので、対応する運動量が保存する。
\(L\) は時間にもよらないので、エネルギー \(E\) も保存する。
二つの運動量の保存は、出どころが違う。\(p_\phi\) の保存は、重力場が鉛直軸まわりの回転で変わらないことによる。これは空間の側の対称性で、どんな形の剛体でも成り立つ。\(p_\psi\) の保存は、物体を対称軸まわりに回しても \(L\) が変わらないことによる。こちらは物体の側の対称性で、\(I_1 = I_2\) かつ重心が対称軸上にあるときにしか成り立たない。ラグランジュの独楽が特別なのは、この二つ目の対称性を持つからである。
姿勢の空間は回転群 \(SO(3)\) で3次元、相空間 \(T^*SO(3)\) は6次元である。そこに、互いのPoisson括弧が0になる独立な保存量が3つある。Arnold-Liouvilleの定理によれば、このとき保存量の値を固定した集合は、コンパクトで正則なら3次元トーラスであり、運動はその上をまっすぐ進む。保存量の値が正則なら、ラグランジュの独楽の運動はこのトーラス上の準周期運動である。定常歳差、眠り独楽、眠り独楽に出入りするホモクリニック軌道は、正則でない値の上の運動で、後の節で別に扱う。以下では、まず傾きだけの1自由度に落として運動を調べ、そこからこのトーラスの形を組み立て直す。
すべては3次式 \(f(u)\) に入っている
\(p_\phi\) と \(p_\psi\) の値を固定すると、歳差の速さ \(\dot\phi\) は傾きだけで決まる。\(u = \cos\theta\) と置き、式 \(\eqref{eq:momenta}\) の第1式を \(\dot\phi\) について解くと、
である。式 \(\eqref{eq:phidot}\) をエネルギーの式に代入して \(\dot\phi\) と \(\dot\psi\) を消すと、残るのは \(\theta\) だけの1自由度の運動である。自転の運動エネルギー \(p_\psi^2/2I_3\) は定数なので、\(E' = E - p_\psi^2/2I_3\) とまとめると、エネルギー保存は次の形になる。
\(V_{\mathrm{eff}}\) を有効ポテンシャルと呼ぶ。第1項は歳差の運動エネルギーで、第2項は重力のポテンシャルである。\(\alpha = 2E'/I_1\)、\(\beta = 2Mgl/I_1\) と置き、\(u = \cos\theta\) で書き直すと次のようになる。
この記事の主役は、この3次式 \(f(u)\) である。\(\dot u^2 \ge 0\) なので、運動は \(f(u) \ge 0\) となる \(u\) の範囲でしか起きない。\(u\) は \(\cos\theta\) なので、物理的に意味があるのは \([-1, 1]\) の部分だけである。
時間は、重力だけで決まる \(\tau = \sqrt{I_1/Mgl}\) を単位にして測る。自転の強さは、\(p_\psi\) を重力で決まる角運動量 \(I_1/\tau = \sqrt{I_1 Mgl}\) で割った次の無次元量で表す。
\(p_\phi\) も同じ単位で \(\sigma = p_\phi/\sqrt{I_1 Mgl}\) と測り、エネルギーは \(E'\) を \(Mgl\) で割って \(e = E'/Mgl\) とする。時間を \(t' = t/\tau\) にとると、式 \(\eqref{eq:f}\) は次の無次元の形になる。
パラメータは \(s\)、\(\sigma\)、\(e\) の三つだけになる。自転を逆向きにすると、\(\phi\) と \(\psi\) の向きを同時に反転した運動になるだけなので、以下では自転の向きを正にとって \(s \ge 0\) とする。以下で出てくる条件、つまり眠り独楽の安定性、定常歳差の存在、平均化の小パラメータは、どれもこの \(s\) だけで書ける。\(s\) が速い運動と遅い運動の時間スケールの比を表すことは、二つの時間スケールが出そろう「定常歳差は重根である」の節で見る。
根の並び方は、三つの事実だけで決まる。端点では \(f(\pm 1) = -(p_\phi \mp p_\psi)^2/I_1^2 \le 0\) である。\(u^3\) の係数は \(\beta > 0\) なので、\(u \to +\infty\) では \(f \to +\infty\) である。そして運動が実際に起きているなら、\([-1, 1]\) の中に \(f \ge 0\) の区間がある。この三つを合わせると、三つの根は \(-1 \le u_1 \le u_2 \le 1 \le u_3\) と並ぶしかない。ふつうに章動している運動では \(p_\phi \ne \pm p_\psi\) で端点の値が負になり、\(u_1 < u_2\) で \(-1 < u_1 < u_2 < 1 < u_3\) となって、根はすべて単根である。等号が入るのは例外の場合である。\(u_1 = u_2\) の重根は定常歳差に、\(u = 1\) の二重根は眠り独楽(\(p_\phi = p_\psi\))に当たる。眠り独楽では \(s > 2\) なら \(u_1 = u_2 = 1\)、\(s < 2\) なら \(u_2 = u_3 = 1\) となる。どちらも後の節で扱う。
したがって \(u\) は \(u_1\) と \(u_2\) の間を往復する。これが章動である。軸の先端は単位球面上の二本の緯線に挟まれた帯から出られず、その中で上下を繰り返す。端の根は単根なので、軸先端は有限の時間で緯線に触れて折り返す。重根になる例外は後の節で扱う。往復の時間変化そのものもJacobiの楕円関数で厳密に書ける(付録)が、本文の議論には使わない。
章動しているあいだも、軸は鉛直軸のまわりを回り続ける。これが歳差である。図3は、軸を止めて手放した独楽で、二つの運動を一度に描いたものである。
\(s\)、手放す傾き、手放す歳差の速さを変えて章動の帯と軌跡がどう変わるかは、動かしてみるで試せる。
軸の先端が描く曲線
章動のあいだ、軸は歳差もしている。その速さ \(\dot\phi\)(式 \(\eqref{eq:phidot}\))の符号は、\(p_\phi - p_\psi u\) が帯 \([u_1, u_2]\) の中で符号を変えるかどうかで決まる。これで、軸先端の軌跡は三通りに分かれる。
\(p_\phi/p_\psi\) が帯の外にあれば、\(\dot\phi\) は符号を変えない。軸は一方向に回りながら上下し、軌跡は波形になる。\(p_\phi/p_\psi\) が帯の内側にあれば、\(\dot\phi\) は途中で逆向きになり、軌跡に輪ができる。ちょうど \(p_\phi/p_\psi = u_2\) なら、上の転回点で \(\dot\phi = 0\) になり、軌跡は尖る。
三つ目の場合は、日常で一番よく見る。回っている独楽を傾け、軸を止めたまま手を放すと、最初の瞬間は \(\dot\theta = 0\) かつ \(\dot\phi = 0\) である。すると \(p_\phi = p_\psi u_0\) で、\(u_0\) は \(f\) の根になる。手を放した独楽は重力で倒れ始めるので、\(u_0\) は上の転回点 \(u_2\) である。軸先端は尖点から落ち始め、下の転回点で前に進み、また尖点に戻ってくる。
定常歳差は重根である
章動の振幅が0になる、つまり \(u_1 = u_2\) のとき、傾きは一定のまま軸が回る。これが定常歳差であり、\(f\) が帯の中に重根を持つ場合に当たる。
条件は \(\theta\) の運動方程式から直接出せる。
傾きが一定値 \(\theta = \theta_0\) のまま変わらない運動を探す。\(\ddot\theta = 0\) なので右辺が0になり、\(\sin\theta_0\) で割ると、\(\dot\phi\) が満たすべき条件が得られる。
これは \(\dot\phi\) の2次方程式である。両辺を \(Mgl\) で割り、歳差の速さを \(x = \dot\phi\tau\) と無次元にすると、係数には \(s\) と \(\theta_0\) だけが残る。
図5は、この式の実数解を、\(\theta_0\) を一つ決めるごとに \(s\) の関数として描いたものである。判別式 \(s^2 - 4\cos\theta_0\) が負なら実数解はない。独楽が上を向いている(\(\theta_0 < \pi/2\))とき、実根を持つには \(s^2 \ge 4\cos\theta_0\)、つまり \(p_\psi^2 \ge 4I_1 Mgl\cos\theta_0\) が要る。回転が遅すぎる独楽は、その傾きのまま歳差することができない。等号のところで二つの解が一致し、図5の点になる。吊り下げた独楽(\(\theta_0 > \pi/2\))では \(\cos\theta_0 < 0\) なので判別式はいつも正で、二つの解の積 \(1/\cos\theta_0\) が負なので、符号の違う二つの実数解がある。
速い独楽(\(s \gg 1\))では二つの解が大きく離れる。小さい方は \(x \approx 1/s\)、つまり \(\dot\phi \approx Mgl/p_\psi\) で、回っている独楽でふつう目にする遅い歳差である。この速さはトルクの式からも出せる。速く回る独楽の角運動量はほぼ対称軸を向き、大きさは \(p_\psi\) である。重力のトルク \(Mgl\sin\theta_0\) は水平で角運動量に垂直なので、角運動量の大きさを変えずに、水平成分 \(p_\psi\sin\theta_0\) の向きだけを回す。回る速さは \(Mgl\sin\theta_0/(p_\psi\sin\theta_0) = Mgl/p_\psi\) で、上の小さい解と一致する。大きい方は \(x \approx s/\cos\theta_0\)、つまり \(\dot\phi \approx p_\psi/(I_1\cos\theta_0)\) の速い歳差である。これに乗せるには、手を放す瞬間に軸を自転と同じくらいの速さで振り回しておく必要がある。軸を止めて放した独楽では、このモードは小さな章動として少し現れるだけである。
縮約した1自由度系で見ると、定常歳差は有効ポテンシャルの谷底であり、まわりを閉曲線に囲まれた中心である。元の相空間では、二つの対称性に沿って回り続ける運動なので、平衡点ではなく相対平衡と呼ぶ。
速い独楽で定常歳差から少しずれると、軸はおよそ角振動数 \(p_\psi/I_1\) の速く小さな章動をしながら、遅い歳差に沿って進む。遅い歳差の角速度 \(Mgl/p_\psi\) と章動の角振動数 \(p_\psi/I_1\) の比を \(\varepsilon\) と書くと、\(\varepsilon = I_1 Mgl/p_\psi^2 = 1/s^2\) で、速い独楽ではこれが小さい。そこで速い章動を一周期ずつ平均すると、軸先端が描く小さな輪の中心だけが残り、その中心が遅い歳差の速さで鉛直軸のまわりを回る。教科書が擬正則歳差と呼ぶこの運動は、速い自由度と遅い自由度を分ける平均化の、一番簡単な例になっている。
ここで時間スケールが二つ出そろった。速い章動の角振動数 \(p_\psi/I_1\) と、遅い歳差の角速度 \(Mgl/p_\psi\) である。二つを掛けると \(p_\psi\) が消え、\(Mgl/I_1 = 1/\tau^2\) が残る。つまり \(\tau\) は二つの時間スケールの幾何平均である。\(\tau\) を単位にすると、章動の角振動数は \(s\)、歳差の角速度は \(1/s\) になり、二つの比が \(s^2 = 1/\varepsilon\) である。\(s\) が大きいほど、速い章動と遅い歳差がはっきり分かれる。
眠り独楽はなぜ倒れないのか
真上に立って回る独楽を眠り独楽という。重力のポテンシャル \(Mgl\cos\theta\) は \(\theta = 0\) で最大なので、回っていなければ少し傾けるだけで倒れる。それでも速く回せば倒れない。この現象も \(f\) で説明できる。
眠り独楽では \(\theta = 0\) なので \(p_\phi = p_\psi\) である。エネルギーは \(\alpha = \beta\) になり、\(f\) はきれいに因数分解できる。
\(u = 1\) は二重根である。その近くで \(f\) の符号を決めるのは括弧の中身で、\(u = 1\) では \(2\beta - p_\psi^2/I_1^2\) になる。
\(p_\psi^2/I_1^2 > 2\beta\)、つまり \(|s| > 2\)(\(s \ge 0\) の約束では \(s > 2\))なら、\(u = 1\) のすぐ下で \(f < 0\) である。\(u = 1\) は \(f \ge 0\) の領域の中で孤立した点になり、そこから動き出す運動は存在しない。少しエネルギーがずれた運動も \(u = 1\) のそばに閉じこめられる。したがって眠り独楽は、線形化の範囲に限らず、傾き \(\theta\) について非線形の意味でも安定である。ただし、これは自転と歳差の位相まで含めた安定性ではない。
\(s < 2\) なら、\(u = 1\) のすぐ下で \(f > 0\) になる。\(u = 1\) から出発して下の転回点まで降り、また \(u = 1\) に戻ってくる軌道がある。ただし図7の右のとおり、\(f\) は \(u = 1\) で横軸に接している。二重根なので、その近くでは \(f \approx c\,(1 - u)^2\)(\(c = 2\beta - p_\psi^2/I_1^2 > 0\))となり、\(\dot u = \pm\sqrt{c}\,(1 - u)\) から \(1 - u\) は \(e^{\pm\sqrt{c}\,t}\) のように指数関数的に変わる。\(u = 1\) からの離れ方も近づき方も指数関数的なので、出発にも帰着にも無限の時間がかかる。このような軌道をホモクリニック軌道という。この場合、眠り独楽は不安定で、少しの乱れで大きく首を振り始める。
条件 \(|s| > 2\) を元の量で書くと \(p_\psi^2 > 4I_1 Mgl\) で、自転の向きによらない。\(p_\psi = I_3\omega_3\) なので、教科書でよく見る \(I_3^2\omega_3^2 > 4I_1 Mgl\) と同じ式である。
ポテンシャルの山頂という不安定な点が、回転によって安定になる。これをジャイロ安定化という。
線形化から見た同じ閾値
軸先端の位置を複素数 \(\zeta = \theta e^{i\phi}\) で表し、\(\theta = 0\) のまわりで線形化すると次の式になる。
\(\zeta \propto e^{i\lambda t}\) を代入すると、\(\lambda\) の2次方程式が出る。
これは、定常歳差の条件 \(\eqref{eq:precession}\) で \(\theta_0 = 0\) と置いた式と同じである。眠り独楽の固有振動数は、ほんの少し傾けた独楽の定常歳差の速さに一致する。二つの実根があれば、眠り独楽からわずかにずれた独楽は、速い歳差と遅い歳差を重ね合わせて小さく首を振るだけで済む。判別式が負になると \(\lambda\) は複素数になり、片方のモードが指数関数的に育つ。判別式の符号を分ける閾値は、ちょうど \(p_\psi^2 = 4I_1 Mgl\) である。
固有値の動きを追うと、閾値で何が起きているかが見える。線形化した運動には傾きの方向が2つ(\(\zeta\) の実部と虚部)あるので、相空間は4次元で、固有値 \(\mu\) は四つある。特性方程式 \(\eqref{eq:char}\) の2根 \(\lambda_1\)、\(\lambda_2\) が速い歳差と遅い歳差の2つのモードに当たり、\(\zeta \propto e^{\mu t}\) から固有値 \(\mu = i\lambda_1\)、\(i\lambda_2\) が出る。式 \(\eqref{eq:lin}\) は係数に \(i\) を含むので、複素共役 \(\bar\zeta\) は同じ式ではなく、\(i\) を \(-i\) に変えた式に従う。\(\bar\zeta \propto e^{\mu t}\) を代入すると、同じ特性方程式から残りの固有値 \(\mu = -i\lambda_1\)、\(-i\lambda_2\) が出る。閾値より速く回っているときは \(\lambda_1\)、\(\lambda_2\) が実数なので、固有値は虚軸の上に \(\pm i\omega_1\) と \(\pm i\omega_2\)(\(\omega_k = \lambda_k\))の2組ある。
固有値の衝突とは、パラメータを動かしたときに二つのモードの振動数が一致することである。回転が遅くなると、速い歳差の \(\lambda_1\) は下がり、遅い歳差の \(\lambda_2\) は上がる。積は \(1/\tau^2\) のままなので、\(s = 2\) で特性方程式が重根を持ち、\(\lambda_1 = \lambda_2 = 1/\tau\) になる。図8の左では、虚軸上の2組がそれぞれ \(\pm i\) に向かって近づき、そこで重なる。
Hamilton系では、固有値がこの重なりを経ずに虚軸を離れることはできない。Hamilton系の固有値は \(\mu\) があれば \(-\mu\) も持ち、実の系なので \(\bar\mu\) も持つ。虚軸の上では \(-\bar\mu = \mu\) なので、1組 \(\pm i\omega\) は2個で閉じている。虚軸から離れた固有値は \(\mu\)、\(-\mu\)、\(\bar\mu\)、\(-\bar\mu\) の4個をそろえる必要があり、1組の2個では足りない。そのため、虚軸上の振動が育ち始めるには、2組がまず同じ点に重なり、そこから四つ組として離れるしかない(ほかには、1組が原点で出会って実軸へ出る道がある)。眠り独楽では、\(s < 2\) で固有値は虚軸を離れて \(\pm\alpha \pm i\beta\) の四つ組になる。この固有値の衝突による安定性の喪失をHamiltonian Hopf分岐という。
ただし、衝突すれば必ず虚軸を離れるわけではない。離れるかどうかを決めるのは、それぞれのモードが持つエネルギーの符号である。眠り独楽のまわりの小さな運動では、式 \(\eqref{eq:lin}\) から \(E_2 = \tfrac12 I_1|\dot\zeta|^2 - \tfrac12 Mgl|\zeta|^2\) が保存される。一つのモード \(\zeta = Ae^{i\lambda t}\) を入れると \(E_2 = \tfrac12|A|^2(I_1\lambda^2 - Mgl)\) で、符号は \(\lambda\tau\) が1より大きいかどうかで決まる。特性方程式 \(\eqref{eq:char}\) の2根の積は \(Mgl/I_1 = 1/\tau^2\) なので、\(\lambda_1\tau > 1 > \lambda_2\tau\) である。したがって速い歳差は正のエネルギーを、遅い歳差は負のエネルギーを持つ。遅い歳差では、首振りの運動エネルギーより重力ポテンシャルの減りのほうが大きく、まっすぐ立った独楽よりエネルギーが低い。このモードのエネルギーの符号をKrein符号という。
二つのモードの符号が同じなら、\(E_2\) は振幅の大きさを測る正(または負)の量になる。これが保存されるので振幅は大きくなれず、固有値は衝突しても虚軸から離れない。眠り独楽では符号が逆なので、正と負のエネルギーが打ち消し合い、\(E_2\) を一定に保ったまま二つのモードが一緒に大きくなれる。振動数が離れているあいだは、二つのモードは別々の速さで回るだけで組み合わさらない。\(s = 2\) で振動数が一致すると組み合わさって育つ。ジャイロ安定化は、負のエネルギーを持つ遅い歳差と、正のエネルギーを持つ速い歳差の振動数が離れているあいだだけ成り立つ安定性である。
名前は似ているが、散逸系のHopf分岐とは別の現象である。散逸系では平衡点の不安定化とともに安定な極限周期軌道が生まれるが、ここでは何も生まれず、保存系のまま平衡点が不安定になる。
摩擦がジャイロ安定化を壊す
理想模型で安定な眠り独楽も、実物では最後に倒れる。一つ目の理由はわかりやすい。摩擦で自転が遅くなって \(p_\psi\) が減り、いずれ閾値を下回る。
二つ目の理由は、もっと根本的である。Kelvin-Tait-Chetaevの定理によれば、ジャイロ安定化された平衡点は、完全散逸を加えると、それがどんなに弱くても不安定になる。完全散逸とは、すべての速度成分に効く正定値の粘性減衰のことで、散逸関数 \(\tfrac12\dot q^{\mathsf T}D\dot q\) の行列 \(D\) が正定値である場合をいう。負のエネルギーを持つモードは、散逸でエネルギーを失うと、振幅が減るのではなく増える。上の線形化した方程式に \(c\dot\zeta\)(\(c > 0\))の減衰項を加えるのは、傾きの二方向に同じ強さの粘性減衰をかけることに当たり、この仮定を満たす。このとき、二つのモードの一方は確かに減衰し、もう一方は成長する。減衰が一部の速度成分にしか効かない場合、たとえば自転だけを遅くする摩擦では、この定理はそのままは使えない。ジャイロ安定化は保存系の性質であり、完全散逸に対して頑丈ではない。
相空間全体のつながり
ここまでは、保存量の値を一組決めて、傾きの運動を見てきた。この節では、まずその値に対応するトーラスの形を組み立て、次に保存量の値を動かしたときにトーラスどうしがどうつながっているかを見る。
一つのトーラス
保存量を固定したトーラスは、3本の独立な輪を持つ。1本目は、\(\theta\) と \(p_\theta\) の平面で章動を表す閉曲線である(図6)。2本目は鉛直軸まわりの \(\phi\) の回転、3本目は対称軸まわりの \(\psi\) の回転である。トーラスを軸先端の位置に射影すると、二本の緯線に挟まれた章動の帯になる(図3)。
縮約平面の閉曲線を一周しても、そのあいだに \(\phi\) と \(\psi\) が進むので、元の相空間の軌道は閉じない。章動を一往復するあいだに、歳差角は次の量だけ進む。
\(\Delta\phi/2\pi\) が有理数なら、軸先端の軌跡は何周かしたあと閉じる。無理数なら、軌跡は帯を隙間なく埋めていく。独楽の姿勢全体まで考えると、自転角 \(\psi\) の進み方も加わる。三つの振動数のあいだに独立な共鳴関係が二つそろわない限り、姿勢は元に戻らない。一般の運動はトーラスの上を無理数の傾きで巻きつく準周期運動であり、どこまで行っても閉じない。図9は、\(\psi\) を忘れてこのトーラスを \((\phi, \theta, \dot\theta)\) に射影したものである。縮約した運動は \(\psi\) によらないので、射影した像は章動の閉曲線と \(\phi\) の円の積、つまり2次元トーラスになる。図では \(\phi\) を鉛直軸まわりの回転角に、\((\theta, \dot\theta)\) を断面の中の位置にとって、この2次元トーラスを3次元空間に埋め込んだ。章動の閉曲線は自分と交わらないので、これは埋め込みになり、軌道はこの面の上に乗る。
トーラスの上の運動は、作用角変数という正準変数で書くといちばん簡単になる。作用 \(J\) はどのトーラスにいるかを表す3つの量で、角変数 \(w\) はそのトーラスの上の位置を3本の輪に沿って測る角度である。作用は、輪に沿って運動量を一周積分して \(2\pi\) で割ったもの \(\frac{1}{2\pi}\oint p\,dq\) と定める。\(\phi\) と \(\psi\) の輪では運動量が一定なので、\(J_\phi = p_\phi\)、\(J_\psi = p_\psi\) である。章動の輪では、\(J_\theta = \frac{1}{2\pi}\oint p_\theta\,d\theta\) は図6の閉曲線が囲む面積を \(2\pi\) で割ったもので、楕円積分になる。
この変数では、エネルギーは作用だけの関数 \(E(J_\theta, J_\phi, J_\psi)\) になる。したがって作用は時間によらず、角変数は一定の角振動数 \(\omega_k = \partial E/\partial J_k\) で進む。軌道はトーラスの上をまっすぐ巻きつく線になり、先に述べた共鳴の条件は \(\omega_\theta\)、\(\omega_\phi\)、\(\omega_\psi\) の比で決まる。角変数 \(w_\phi\) は \(\phi\) そのものではなく、章動につれて速くなったり遅くなったりする \(\phi\) の進みをならしたものである。章動一往復での進み \(\Delta\phi\)(式 \(\eqref{eq:dphi}\))を使うと、\(\omega_\phi/\omega_\theta = \Delta\phi/2\pi\) と書ける。
保存量の値を動かすと、このトーラスは形を変える。章動の幅が0に縮む定常歳差では1本目の輪が一点につぶれ、トーラスは2次元になる。眠り独楽では \(\theta = 0\) なので、\(\phi\) の回転と \(\psi\) の回転が同じ回転になり、残る輪は1本だけになる。図11に三つの場合を並べた。不安定な眠り独楽の上でのつぶれ方は、次の小節で扱う。
トーラスどうしのつながり
道具はエネルギー運動量写像 \(\mathcal{EM} = (H, p_\phi, p_\psi)\) である。相空間の各点に保存量の値の組を対応させる写像で、そのファイバー(同じ値を持つ点の集まり)が、上で調べてきた不変集合になる。\(p_\psi\) を固定して \((H, p_\phi)\) 平面に像を描くと、独楽の運動の目録ができる。
像の内部の正則な値では、ファイバーは一つの3次元トーラスである。Audinは、正則な等位集合が、\(y^2 = f(u)\) で決まる実楕円曲線の有界な成分の上に円を束ねたものであり、したがって連結なトーラスであることを示している。
像の境界は定常歳差の族である。定常歳差は \(f\) が帯の中に重根を持つ場合だったので、境界は \(f\) の判別式が0になる曲線に一致する。境界に近づくと章動の幅が0に縮み、トーラスが一次元つぶれる。
図10の下側の境界は、\(\sigma\) を決めたときのエネルギーの最小値、つまり有効ポテンシャル \(V_{\mathrm{eff}}\) の谷底の高さである。その上の点はどれも、谷底のまわりで章動する運動に当たり、上へ行くほど章動の幅が大きい。\(s > 2\) の図で吊り下げと眠り独楽を結ぶ実線は、遅い定常歳差の族である。吊り下げ(\(\theta_0 = 180^\circ\)、\(\sigma = -s\))から始まり、傾きを減らしながら水平(\(\theta_0 = 90^\circ\))を通って、眠り独楽(\(\theta_0 = 0\)、\(\sigma = s\))で終わる。線上の各点のファイバーは、章動の輪がつぶれた2次元トーラスである(図11の中央)。\(|\sigma| > s\) では谷底が速い定常歳差に替わり、それが破線の部分である。吊り下げと眠り独楽は、谷底の傾きがちょうど真下か真上になる点で、二つの枝のつなぎ目に当たる。
眠り独楽の位置は、回転の速さで変わる。\(s > 2\) の安定な眠り独楽は、境界の上の特別な点である。\(s < 2\) の不安定な眠り独楽は、像の内部に孤立した臨界値として現れる。その上のファイバーは、トーラスの一つの輪が一点につぶれた形をしていて、focus-focus型の特異点と呼ばれる。前の節のHamiltonian Hopf分岐は、この点が境界から内部へ入り込む瞬間を、固有値の側から見たものである。
このファイバーの上で独楽がすることは、「眠り独楽はなぜ倒れないのか」の節で見たホモクリニック軌道そのものである。保存量がちょうどこの値なら、独楽は真上に立って回り続けるか、真上から離れて一度だけ大きく首を振る。首を振るほうでは、軸先端は真上から渦を巻きながら離れる。離れる速さは線形化の固有値の実部 \(\sqrt{4 - s^2}/2\tau\) で、渦を巻く速さは虚部 \(s/2\tau\) である。軸は \(\cos\theta = s^2/2 - 1\) まで下がり、また渦を巻いて真上に戻る。この下の転回点は、式 \(\eqref{eq:sleepf}\) の括弧が0になる点である。離れるのにも戻るのにも無限の時間がかかる。保存量が少しずれると、独楽は真上の近くと下の転回点のあいだを何度も往復する大きな章動になる。真上の近くでゆっくりになる分だけ、章動の周期は長くなる。
focus-focus点があると、大域的な性質が変わる。この点を囲む輪に沿ってトーラスを一周運ぶと、トーラスの周期を表す格子が、元に戻らずにずれた形で戻ってくる。これをHamiltonianモノドロミーという。モノドロミーがあると、作用角変数を像全体で一つの座標系としてとることはできない。局所的には完全に解けているのに、大域的には解のパラメータの付け方にねじれが残る。ラグランジュの独楽は、球面振り子と並んで、この現象の代表例である。球面振り子では、真上に立った振り子がfocus-focus点になる。
動かしてみる
軸を止めて手放した独楽の運動を、その場で数値積分して描く。自転の強さ \(s\)、手放すときの傾き \(\theta_0\)、手放すときの歳差の速さ \(\dot\phi_0\tau\) を動かすと、左に軸先端の軌跡、右に3次式 \(f(u)\) と章動の帯が出る。左は真上から見下ろした図で、中心が真上、破線の円が水平、外周が真下である。中心からの距離は傾き \(\theta\) に比例させた。
まとめ
ラグランジュの独楽は、二つの回転対称性とエネルギー保存によって、保存量の値が正則なら3次元トーラス上の準周期運動に帰着する。運動の定性的な性質は、傾きの余弦 \(u\) についての3次式 \(f(u)\) の根の配置に集約される。章動は二根の間の往復、定常歳差は重根、眠り独楽の安定性は \(u = 1\) の二重根の近くでの \(f\) の符号である。相空間全体では、不安定な眠り独楽がfocus-focus点となってモノドロミーを生み、作用角変数の大域的な存在を妨げる。解けることの根には \(I_1 = I_2\) による物体側の対称性があり、それはLax対と楕円曲線として表れる(付録)。
図の作成条件
図1と図11は模式図である。図2、5、6、7、8、10は、本文の解析式(\(f(u)\) の式 \(\eqref{eq:f}\)、定常歳差の条件 \(\eqref{eq:precession}\)、線形化の特性方程式 \(\eqref{eq:char}\))をそのまま描いた。図3、4、9は、縮約した運動方程式を4次のRunge-Kutta法で積分して軸先端の軌跡を描いている。作図は、式 \(\eqref{eq:fdimless}\) の無次元量 \(s\)、\(\sigma\)、\(e\) と時間 \(t/\tau\) で行った。図の \(f(u)\tau^2\) はこの式の右辺である。
作図に使ったPythonスクリプトは、次の項目を確かめる。三つの軌跡の根の配置と種類の判定、Jacobiの楕円関数 \(\mathrm{sn}\) で書いた厳密解(付録)と数値積分の一致(\(u\) の差は最大 \(1.2\times10^{-12}\))、エネルギーの保存(ずれは最大 \(1.9\times10^{-14}\))を確かめる。定常歳差の条件で \(f\) と \(f'\) が同時に0になること、眠り独楽での因数分解、固有値が \(s = 2\) で衝突すること、減衰項で一方のモードが成長することも確かめる。最後に、眠り独楽の値が、速く回すとき像の境界上に、遅く回すとき像の内部にあることを確かめる。図はすべて新規に作成したSVGで、CC0で権利を放棄している。
付録:章動の厳密解
本文では使わなかった \(u(t)\) の厳密解をここに置く。\(f(u)\) の \(u^3\) の係数は \(\beta\) なので、三つの根を使うと \(f(u) = \beta(u - u_1)(u - u_2)(u - u_3)\) と書ける。帯 \([u_1, u_2]\) の中で \(u = u_1 + (u_2 - u_1)x^2\) と置くと、\(\dot u^2 = f(u)\) は次の形になる。
これはJacobiの楕円関数 \(x = \mathrm{sn}(\lambda t, k)\) が満たす微分方程式である。下の転回点を \(t = 0\) にとると、解は次のようになる。
\(\mathrm{sn}^2\) の周期は \(2K(k)\) である(\(K\) は第1種完全楕円積分)。したがって章動の周期は \(T = 2K(k)/\lambda = 4K(k)/\sqrt{\beta(u_3 - u_1)}\) である。帯の幅が0に近づくと \(k \to 0\) で、\(\mathrm{sn}\) は \(\sin\) になり、章動は単振動に近づく。不安定な眠り独楽のエネルギーでは \(u_2 = u_3 = 1\) なので(式 \(\eqref{eq:sleepf}\))、\(k \to 1\)、\(K \to \infty\) となり、周期が無限大のホモクリニック軌道になる。
歳差角と自転角は、式 \(\eqref{eq:phidot}\) と \(\dot\psi = p_\psi/I_3 - \dot\phi\cos\theta\) にこの \(u(t)\) を入れて積分すれば得られ、第3種の楕円積分で書ける。
付録:なぜこの独楽は解けるのか
本文では運動を3次式 \(f(u)\) から読んだ。この付録では、ラグランジュの独楽がそもそもなぜ解けるのかを、構造の側から見る。
鉛直軸まわりの対称性で割ると、運動は物体座標の角運動量 \(M\) と鉛直単位ベクトル \(\Gamma\) の6変数で書ける。
式 \(\eqref{eq:eulerpoisson}\) がEuler-Poisson方程式で、ユークリッド運動群のLie代数の双対 \(\mathfrak{e}(3)^*\) の上のLie-Poisson系になっている。この空間には、どんなHamiltonianに対しても保存するCasimir関数が二つある。\(|\Gamma|^2 = 1\) と、\(p_\phi\) に当たる \(M\cdot\Gamma\) である。Casimirの値を固定すると4次元のシンプレクティック葉が残り、その上に \(H\) と \(M_3 = p_\psi\) という二つの保存量がある。4次元に2個なので可積分である。6次元に3個と数えた最初の議論を、鉛直軸の対称性で割ってから数え直したことになる。
さらに強い構造として、Lax対がある。Audinの本によれば、運動方程式はスペクトルパラメータ \(\lambda\) を含む次の形に書ける。
ここで \(L\) は対称軸方向の定ベクトルであり、3次元ベクトルを反対称行列とみなしている。両辺の \(\lambda\) の1次の係数がそろうのは、\(M - \Omega\) が \(L\) と平行なとき、つまり \(I_1 = I_2\) のときだけである。最初に見た物体側の対称性が、ここでは行列の式の中に現れている。
Lax形式の方程式では、行列は時間とともに共役で動くだけなので、固有値は変わらない。特性多項式の係数がそのまま保存量になり、固有値の満たす曲線(スペクトル曲線)は運動を通して変わらない。ラグランジュの独楽では、この曲線が楕円曲線になる。\(\dot u^2 = f(u)\) の3次式も、\(y^2 = f(u)\) という楕円曲線を決めている。
固定点まわりの重い剛体で、一般の初期条件で解けるのは、Euler(重心が固定点にある場合)、Lagrange、Kowalevskiの三つしかない。Goryachev-Chaplyginの場合は、\(M\cdot\Gamma = 0\) の葉の上だけで解ける。Kowalevskiは、解が複素時間の関数として極以外の特異点を持たない条件を調べて、三つ目の場合を見つけた。その後、ZiglinとMorales-Ramisの理論が、特殊解のまわりの変分方程式のモノドロミー群とGalois群を使って、ほかの場合が解けないことを示している。ラグランジュの独楽は、この短いリストの中で、一番対称性に頼った解け方をしている例である。
文献
- Landau & Lifshitz『力学』増訂第3版、広重徹・水戸巌訳、東京図書。§35(対称こまの求積)、§§49から52(断熱不変量と作用角変数)。
- M. Audin, Spinning Tops: A Course on Integrable Systems, Cambridge University Press (1996)。Chapter II(縮約とLiouvilleトーラス、軸の運動、Lax対とスペクトル曲線)。本書は歳差角を \(\psi\)、自転角を \(\varphi\) と書き、本記事とは逆である。
- D. Tong, Classical Dynamics, University of Cambridge Part II Mathematical Tripos, Lecture notes (Michaelmas Term 2004 and 2005), PDF。§3.6 The Heavy Symmetric Top(印刷頁67から72)。Lagrangian(式3.62)、保存量(式3.63から3.65)、\(a, b, \alpha, \beta\) と \(f(u)\)(式3.66、3.72、3.73)、軸の3種類の軌跡(図44)、手放した独楽(§3.6.1、式3.77)、定常歳差(§3.6.2、式3.79から3.81)、眠り独楽の二重根(§3.6.3、式3.83)。記号は本記事と同じだが、本記事は \(a = p_\psi/I_1\)、\(b = p_\phi/I_1\) と略さずに運動量のまま書いた。著者サイトのHTML版は式番号が異なる。